大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成11年(ワ)4732号 判決

原告

右訴訟代理人弁護士

宮地光子

城塚健之

被告

株式会社フジシール

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

池田勝之

主文

一  原告が,株式会社フジアルファのソフトパウチ部に勤務する雇用契約上の地位にあることを確認する。

二  原告が,副参与職の地位にあることを確認する。

三  被告は,原告に対し,252万5935円及びこれに対する平成12年5月9日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

四  被告は,原告に対し,平成12年5月1日以降本判決確定に至るまで,毎月25日限り12万8600円を支払え。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを8分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  (主位的請求)

原告が,株式会社フジアルファのソフトパウチ部に勤務する雇用契約上の地位にあることを確認する。

(予備的請求)

1 原告が,被告筑波工場に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを確認する。

2 原告が,株式会社フジタック奈良工場に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを確認する。

二  原告が副参与職の地位にあることを確認する。

三  被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成11年5月9日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

四  被告は,原告に対し,394万8000円及びこれに対する平成12年5月9日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

五  被告は,原告に対し,平成12年5月1日以降本判決確定に至るまで,毎月25日限り15万0600円を支払え。

第二事案の概要

一  本件は,原告が,被告に対し,原告に対する配転命令及び降格処分の無効を理由に右命令及び処分前の地位にあることの確認並びに減額された賃金等の支払を請求した事案である。

二  前提事実(当事者間に争いのない事実)

1  当事者

被告は,各種包装資材,包装用機械,その付属品等の製造,販売等を目的とする株式会社であり,事業所として東京本社,大阪本社,札幌営業所,名古屋営業所,広島営業所,九州営業所,大阪工場,名張工場,筑波工場を置いている。また,国内における関連会社として,株式会社フジアステック,株式会社フジアルファ,株式会社フジタック等がある(以下「フジアステック」「フジアルファ」「フジタック」という。)。

原告は,昭和55年被告に雇用され,主に開発業務を担当してきた。そして平成元年9月に副参与職(副部長)となり,平成5年3月から平成7年12月まで,被告のグループ会社の一つであるフジアステックに出向した。その後,商品開発部商品開発一課長を経てソフトパウチ部の部長となり,平成9年4月,右開発部の業務内容が別会社化されフジアルファとなったのに伴い同社に出向し,同社のソフトパウチ部長として,ソフトパウチの技術開発に従事してきた。

2  原告に対する筑波工場への転勤命令及び副参事職への降格処分

(一) 原告は,平成10年12月14日,フジアルファのB社長(以下「B社長」という。)から,「3か月分の給与加算,通常の退職金の支払を条件に自己都合による退職届けを提出してもらいたい。」等と告げられ退職勧奨を受けた。原告がこれを拒否すると,その後被告の代表取締役であるA(以下「A会長」という。)から得意先への訪問を禁止され,さらに同月21日,「管理職としての業績不振の責任をとってもらう。しかるべき配置転換先が決まるまで自宅待機してもらう。」として期間を定めない自宅待機命令を受けた。

(二) 原告は,平成10年12月24日,総務課のC課長(以下「C課長」という。)から「平成11年1月5日から,筑波工場への勤務を命ずる。」旨の転勤命令の告知を受けた。転勤先の業務内容は「印刷センター筑波駐在インキ担当」とされ,原告は同月12日筑波工場に赴任した(以下,「本件配転命令1」という。)。

また,原告は,同月29日,被告から副参事職への降格処分(同年2月1日付け)を受けた(以下,「本件降格処分」という。)。

3  原告に対する奈良工場への配転命令

原告は,被告による本件配転命令1を不服とし,筑波工場に勤務する雇用契約上の義務のない地位にあることを仮に定めることを求めて仮処分を申立て,平成11年7月15日,右仮処分申請は認容された(以下「本件仮処分決定」という。)。このため,被告は同月21日,原告に対し,期限を定めない自宅待機命令を出すとともに,同年8月12日,C課長を通じ同月17日付けでフジタック奈良工場への出向を命じ(以下「本件配転命令2」という。),同日より原告は奈良工場で勤務している。

三  原告の主張

1  本件配転命令1

(一) 業務上の必要性の不存在

本件配転命令1は,原告を印刷センターの「筑波駐在インキ担当」にするというものであるが,右ポストは,本件配転命令1によって初めて作られたものである。また原告が仮処分決定後筑波を離れてからは,被告は筑波駐在のインキ担当を置いていない。

原告が,筑波工場で担当した業務は,15,6キロもあるインクの缶を倉庫の棚から下ろし,台車で印刷作業所まで運び,同作業所において,運んできたインクを配合表に従って重量を量り,混ぜ合わせ,竹の棒でこね回し,有機溶剤を加えて一定の粘度にし,印刷機のところまで運ぶという全くの肉体労働であって,入社して2日も経験すれば,誰でもができる単純反復労働であった。

従って,本件配転命令1には,業務上の必要性はなく,また原告を選択した合理性も存在しない。これは,原告を退職に追い込むためだけの配転命令である。

被告は,「筑波工場の主力工場化計画」があると主張するが,そうした計画とか方針を打ち出した対外向け文書は存在しない。被告は,筑波工場に印刷機1台を整備し,また配送の倉庫を作っているとするが,これが,原告のインキ調合という仕事とは何ら関連性がないことは明らかである。さらにインキの主管責任者としては,名張工場のD氏を派遣するのが実際的であるが,被告は名張工場が本体であるとして派遣していない。被告は,原告のインキ調合について,その経験がない原告に現場経験が必要であるからと主張するが,ヘッドハンティングにより被告に入社し,10数年も勤めてきた管理職に突然「現場経験」を強要することは通常の企業ではありえず,社会的にみればこれは「懲罰」ないし「嫌がらせ」である。

(二) 原告の被る不利益

原告は,被告に入社以来,数々の発明を行い,特許を出願し,被告の技術的な開発に貢献し,知識や経験を積み重ねてきたが,本件配転命令1は,かかる原告の能力,知識,経験を全く無視し,原告をして全くの単純肉体労働に従事させるものであり,原告に著しい精神的苦痛を与えるものである。

筑波工場は,原告の自宅から所要6時間の遠距離にあり,原告は,家族と離れ単身赴任を余儀なくされた。原告の実母は,昨年より寝たきりの状態で看護が必要である(平成10年11月に肢体不自由2級の認定を受けている)。原告の妻も,股関節に障害があり(平成元年10月に肢体不自由5級の認定を受けている),実母の看護には無理がある。このような状況下で,原告が単身赴任をすることによる家族の負担,原告の精神的ストレスは並大抵のものではない。しかも被告からは,帰省旅費は月1回分しか支給されず,原告は月2回程度しか帰省できていなかったが,右旅費は1回の往復で約3万円を要し,この点においても経済的負担を被った。

2  本件配転命令2

奈良工場で,原告が実際に命じられた仕事は,各職場から出てくる産業廃棄物(タックラベルの抜き滓やスリッターの巻滓等の重量物)及び中間仕掛品を台車で所定の置場まで運搬する完全な肉体労働である。これは,従前嘱託社員が行っていた業務であり,時間給800円から1000円の嘱託に替えて原告に同業務を担当させる合理的理由はない。

本件配転命令2も,原告のこれまでの経験や能力を全く無視するものであり,本件配転命令1と同様,専ら原告に精神的・肉体的苦痛を与えて退職に追い込むことを目的としてなされたものであって,人事権の濫用により無効であることは明らかである。

3  ソフトパウチ部の現状

現在も,ソウ(ママ)フトパウチという商品そのものの企画開発は,B部長(フジアルファのB部長)とE(以下「E」という。)で対応している。また販売管理は,従前から開発営業部の社員とソフトパウチ部の社員とが担当しており,予算に対する1ないし3か月先の受注見込みの数字の把握を開発営業部が主体に行い,売上実績の把握をソフトパウチ部で行い,月一度の会議で数字の共有化をしていたが,現在も同様である。従って,ソフトパウチ部には,現在も,被告のいう企画開発(技術改良・品質改良など),「販売営業」(販売促進や包装機使用上の技術的指導),「販売管理」(出荷・売上数量,金額の把握など)「製造―外注管理・技術指導」(外注先の品質管理,クレーム処理対策など)の業務は残っている。そして従前原告がやっていた業務内容は,現在B部長とE,F(以下「F」という。)3名に分散させているが,原告を配転させたことによる人員減によって,「企画開発」や「販売営業」への取組みの戦力は低下している。従って原告がソフトパウチ部において担当することが可能な業務は十分に存在する。

4  本件降格処分

(一) 懲戒処分としての降格処分

(1) 使用者が,労働者に対し,懲戒処分をなしうるには,刑罰の場合と同様,その理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度が就業規則上明示されなければならない。しかるに被告には,懲戒の種類を定めた就業規則の中に降格処分についての記載はあるものの,右降格処分の理由となる事由について定めた規定は存在しないし,降格処分によりどれだけ降格できるかについても規定上不明である。したがって本件降格処分は,懲戒処分としてはその根拠規定を欠くものとして無効である。

また,就業規則第83条(10)によれば,「故意または重大な過失によって会社に損害を与えた場合」ですら減給・譴責しかできないことからみても,被告の主張する「執務態度」云々が降格事由になると解することはできない。

さらに,原告は懲戒に付されることを前提に弁解・反論の機会を与えられたわけではない,平成10年12月21日にA会長と面談した際にも,被告の主張する「ヤマトの水」問題(後述)について一切言及されていない。

(2) 原告には,実質的に懲戒の対象となりうる事実は全く存在しない。

被告は,原告に株式会社ヤマトホームサービス(以下「ヤマト」という。)との取引の失敗(以下,「ヤマトの水」問題という。)の責任があると主張する。

当時原告の所属していたフジアルファについては,対外的にはすべてB社長の判断を通して会社としての決断がされていた。従って,原告の責任については,自ら関与したカートリッジ関係等とB社長の補佐という限度で論じられるべきである。機械製造についてはB社長が責任を負っており,原告はユーザーであるヤマトないし株式会社マルサンアイ(以下「マルサンアイ」という。)の要望を聞いてきてこれをB社長に伝える形で補佐していたものであり,その製造上のミスについて原告が責任を負わなければならないものではない。

また,ヤマトとの取引中止の原因は,同社が,被告の本業であり最も売りたかった包材の仕入先をライバル会社の三菱重工に切り替えてしまったため,機械のメンテナンスだけを続けることにメリットが見出せなかったからである。被告は,ヤマトとの関係が悪化し信用を失ったと主張するが,ヤマトとは円満解決をしており何ら問題を引きずっていない。

さらに被告は,「傍観者的態度」「無責任発言」といった原告の主観的な「姿勢」を問題とする。当時営業担当のM(以下「M」という。)がフジシールの立場から,原告がフジアルファの立場からそれぞれ主張しており,各社が独立採算のもとしのぎを削っている状況の下,両者の意見が対立するのはいくらでもありうることであって,これは原告の職務への不適格性を示すものではない。その他の被告の主張する原告の不適切な言動ないしミスについても,〈1〉ヤマトのG社長への発言については,片言隻句を問題とする類であり,原告はG社長との関係を悪化させた事実はなく,〈2〉金型問題は,営業からすごい量が出るからと聞かされていたことから,最初から四個型で注文したのであって,またこれが原因で取引撤退につながったわけではない。そして〈3〉機械設計の打ち切り指示については,これを出したのはフジアルファのB社長であり,前述のとおり機械について原告が責任を負うべきものではなく,〈4〉機械の納期管理ミスについても,そもそも本件では肝心の納期自体が明らかではなく,原告は営業サイドにこうした詰めをして欲しいと要請していたのであって,しかも最終的な納期は守られているのである。さらに〈5〉機械の充填能力不足も,B社長の責任領域であるし,このような場合本来であれば機械制作会社の株式会社関東機構(以下「関東機構」という。)に対する代金支払を差し止めてすべき値引き交渉をしなかったため被告は損失を被ることになったのである。〈6〉浮遊物問題は,「ヤマトの水」からの撤退の原因ではなく,原告は,この問題発生後,原因の解明をしようとしたが,機械を保有しているマルサンアイの調査への非協力や被告営業サイドの交渉窓口をH(以下「H」という。)に一本化していくとの方針のため思うように進まず,それでも三菱樹脂に分析を依頼するなどの努力をしていたのであり何ら非難されるような職務懈怠はないし,その後三菱樹脂から補償されたため被告に損害は発生していない。

(二) 人事権の行使としての降格処分

被告は本件降格処分が,人事権の行使の裁量の範囲内であるかのような主張をするが,本件降格処分は,使用者の裁量が認められる「職位」とは異なり,「職能」に関するものであって労働条件そのものであるから,右被告の主張は失当である。そして,昇格制度規程には降格の基準(過去4期の評価がオールC)と手続(1年間挽回のチャンス,審査会に具申,毎年4月1日付け)が規定されているが,本件降格処分については,右のような手順はとられていない。

5  原告の被った損害

(一) 本件配転命令1は,単身赴任による不利益に加えて,知識経験を全く無視した単純有害肉体労働に従事させられる不利益を原告に課すものであり,原告が被った精神的・肉体的苦痛は図りしれない。また本件降格処分は,何ら原告に降格処分に値する非違行為が存在しないにもかかわらずなされたものであり,原告の名誉を著しく侵害するものである。かかる本件配転命令1及び本件降格処分による精神的肉体的苦痛を金銭で慰謝するとすれば,500万円をもって相当とする。

(二)(1) 月額給与の減額分

原告は,本件配転命令1によって部長職を解かれ,平成11年1月から,役職手当が2万2000円の減額となり,同年2月から住宅手当も7000円の減額となった。ただし右住宅手当については,本件配転命令2により,同年8月から従前額に戻されている。さらに本件降格処分により,平成11年2月分から,職能給が12万2600円,職能資格給が6000円の減額となった。

従って,本件配転命令1及び本件降格処分による毎月給与の減額は,以下のとおりである。

平成11年1月 2万2000円

平成11年2月から7月 15万7600円

平成11年8月以降 毎月15万0600円

合計(但し平成11年1月より平成12年4月まで) 232万3000円

(2) 賞与の差額分

被告における賞与支給額は,給与のうち本人給・職能給・職能資格給・役職手当の合計を算出基礎額として,この基礎額に月数(最低月数と査定による月数からなる)を乗ずる方法によって算出される。

原告は平成10年度において賞与の算出基礎額が51万2100円で,夏の賞与支給額が164万2000円,冬の賞与支給額が156万円であった。ところが平成11年度においては,本件配転命令1及び本件降格処分により,原告の賞与の算出基礎額は36万2500円となり,夏の賞与支給額は72万5000円,冬の賞与支給額は85万2000円と減額となった。

このような減収となったのは,本件降格処分によって給与が減額されて,賞与の算出基礎額が減額されたことと賞与の月数も低く抑えられたためである。賞与の支給月数は被告の業績によって変動するものの,平成10年度と平成11年度では,被告の業績に大きな変動はなかったと考えられ,また,原告は本件降格処分前には,ほぼB評価(副参与職の全国社員でB評価の場合,平成11年度冬季の月数は,3.30であった)を受けていたものと考えられるから,原告は本件降格処分がなければ平成10年度と等しい賞与額を支給されていたものと考えられる。従って原告の平成11年度の年間賞与支給額と平成10年度の年間賞与支給額と(ママ)比較すると,平成11年度は平成10年度より162万5000円の減額であり,これが原告の損害である。

(三) 原告は,本件配転命令1,2及び本件降格処分の無効及び経済的・精神的損害の回復を求めて本訴を提起するのに弁護士に依頼せざるを得なかったが,その費用として50万円をもって相当とする。

四  被告の主張

1  本件配転命令1

被告の就業規則28条には,「会社は,業務上必要あるときは正社員に対して,転勤(国内外を含む)・職種職場の変更または社外での勤務を命ずることがあります。前項により異動を命じられた正社員は,正当な理由がない限りこれを拒むことはできません。」と規定されている。本件配転命令1は,被告の適正な人事権の行使によるものであり,以下のとおりなんら非難されるものではない。

(一) 業務上の必要性

(1) 被告では,生産量の増大の要請に対応する施策として,受注量・生産能力(施設・敷地・生産設備・労働力確保),物流等の総合的面から,筑波工場の比重は高まるばかりであり,筑波工場に対する設備投資を拡大し,工場拡張・最新鋭生産設備の導入・労働力の増強などを図っている。被告の各工場の売上推移をみれば,筑波工場は大阪工場・名張工場の売上の増加率を大きく上回り,売上絶対額においても大阪工場を追い越し,名張工場に接近している。また平成10年度の被告の年間投資額約13億4300万円のうち6億円強が筑波工場の設備投資に向けられており,被告における筑波工場の重視の姿勢が明確になっている。このように被告は,筑波工場において,とりわけ印刷部門に対する高額投資を行い,生産増強の要請に対応しようとしており,従って,印刷部門における人的拡充もまた強い必要性があるのである。

他方原告は,かつて名張工場におけるインキ部門創設時の主たるメンバーであり,インキに関する知識は,製袋・加工部署に従事する被告の一般従業員よりも相当程度多く身に付けている。なおここにインキの知識経験とは,インキの特性等に関する知識経験を指すものであり,具体的な職務内容(調色等)を指すものではない。原告には当面,インキの調色の業務を担当させているが,経過を見て,将来的には外注先との折衝やインキ改良業務も担当させる予定である。インキ調色に関して,原告は単純労働であると主張しているが,調色は難しい仕事であり,近年は,什器・治具・コンピュータ等を活用して新人でも十分目的を達成できる仕組みになりつつあるものの,これらの組み合わせによる新技術の「マニュアル化」が難しく,ここに原告の経験・知識が活用できる素地がある。またこの業務の中にはインキの移動等の肉体的仕事の分野も当然含まれているが,机上の理論を具備していてもそれだけでは実務には役立たず,その特性を確認し,身を持(ママ)って体験することが,本来のインキ担当者としての業務遂行上の基盤となるものである。物事の企画立案には,特にスタッフ部門従事者にとって,「現場体験」は必要であり,また企画立案の段階でその体験が活用され,現場との意思疎通も円滑に行われる。現在,印刷においては多くの色に関するクレーム問題を抱えている。これらの問題の要因を探し,対策を立て,解決していく「インキ政策」の確立が管理者として期待されている。この意味において,原告が担当している現場業務は今後原告がなすべきインキ政策の立案において大きく役立つものであり,踏み越えていくべきプロセスである。

(2) 原告の以前のポストであるフジアルファのソフトパウチ部の主要所管業務であったソフトパウチ技術開発機能は,現在では,被告の包装技術センターに移管されている。フジアルファの従前のソフトパウチ部の業務内容は,〈1〉ソフトパウチの企画開発〈2〉ソフトパウチの販売(充填機・カートリッジの販売も含まれる)〈3〉ソフトパウチの製造(外注により製造しているが,外注の発注・技術指導等)であったが,組織を改変し,現在は,〈1〉は,被告(本社)の包装技術センターへ,〈2〉は,フジアルファの他の部署である開発営業部へそれぞれ移管されており,〈3〉のみが残っているだけである。従前のソフトパウチ部の社員は,原告を含めて4名(原告・E・F・I)であったが,現在では業務縮小に伴い3名(E・F・J)となっている。このように,被告の業務運営の必要上,組織改変しており,原告の得意分野である前記〈1〉もなくなっており,いまさら原告にソフトパウチ部へ戻って来てもらっても,人員上も余分であるし,混乱が生じるだけのことである。

(二) 原告に対する不利益等

被告では,平成9年4月1日地域社員制度を制定した。地域社員とは,勤務地が通勤圏内に限定されている社員をいい,全国社員とは,それ以外の社員をいう。全国社員は給与及び賞与において,地域社員よりも高額優遇される。主事職以上の者(原告も含まれる)は全員,自らの意思で全国社員か地域社員かを選択することとされ,当時も原告には高齢の母親がいたし,障害のある妻がいたにもかかわらず,原告は自らの意思で全国社員を選択したものである。従って原告に対して通勤困難な転勤が発令されることは当然であり,原告が本件配転命令1の無効の主張に際して「単身赴任を余儀なくされる」ことをあげるのは失当である。

なお,被告には,転勤発令に際して家庭の事情等による転勤猶予制度があるが,原告から右猶予の申し出もなかった。

被告が原告に対して退職勧奨したことは事実であるが,それに対して原告は同意しなかった。このように原告の同意が得られなかったものであるから,被告としては,原告のために職場を用意したものであり,従って,本件配転命令1は,決して原告を退職に追い込もうとして行ったものではなく,従前職に不適任な原告に対して,被告の職場の現況に鑑み,本人にとっても適当であり,会社にとっても必要と思われるポストへの配転を命じたものである。

2  本件配転命令2

被告は,遺憾ながら本件仮処分決定がなされたため,本訴における最終決着がなされるまでの暫定的措置として,平成11年8月21日,C課長を通じて,原告に対し同月17日付でフジタック奈良工場への出向を命じた。出向を命じるに際して,C課長が原告に伝えた業務内容は,「印刷関連」の仕事ということであり,その詳細は工場長から説明されるので聞いてほしいと伝達している。工場長が説明した業務内容は,次のとおりであった。「印刷の後工程業務に位置するが,今日特に重要視されている産業廃棄物の処理対策(環境問題であって,企業にとって取り組まなければならない課題),扱い製品の中で金券に相当する物品の管理,作業環境(不良品の削減に関係する面からの注視)等々について,改善の視点をもって,これらの作業を行う中から,「業務内容報告書」の作成提出を通して,工場運営に提案を出してもらいたい。」。原告が奈良工場において産業廃棄物処理の業務に従事していることは認めるが,これは,原告主張のような単なる肉体労働ではなく,当該業務を実地に行うことを通して,〈1〉21世紀最大の課題といわれている環境問題につき,企業の社会的責任を果たすため,どのような取り組みを行うべきかを考え,〈2〉金券に相当する物品(被告会社の顧客であるユーザーが,販売促進のキャンペーン用に商品に貼付するシールであり,このシールを集めると物品(景品)と交換できる応募シールのこと)の管理をどのように行うべきかを工夫し,〈3〉また不良品削減のためには,どのような作業環境が必要であるかを思索し,これらにつき,問題意識をもって検討し,改善提案を行ってもらうことを期待しているのである。従前,嘱託社員が問題意識なく,漫然と行っていた作業では,前記事項の改善につながらないので,正社員である原告に問題意識をもって業務を行うように指示しているものである。

3  本件降格処分

(一) 本件降格処分の根拠等

(1) 本件降格は,懲戒処分による降格であり,懲戒委員会の決定及び取締役会決議に基づき行われた。就業規則82条は懲戒の種類を規定しており,同条項において,「降格は始末書を取り,資格並びに等級を下げます。」と明確に規定している。このように,就業規則は,懲戒処分としての降格を規定している。そして,各懲戒処分の要件については,就業規則83条が譴責及び減給に関して,また就業規則84条が出勤停止及び懲戒解雇に関して,それぞれ規定がなされている。降格に関する要件は明文では規定されていないが,その処分の性格上,減給・譴責より重くて,懲戒解雇より軽い処分であることは自明であるから,これら両処分事由の中間的事由を想定しているものと解せられる。一般に,懲戒処分につき,その要件を規定すべしとの主張の根拠は,不利益処分の要件を知らされないまま不利益処分を受けることは不適当との判断によるものであるが,本件就業規則のように,より軽い処分事由と,より重い処分事由が,具体的に掲記されている場合,その中間的処分である降格の事由については,両者の中間的事由であるということは自明である。従って,このような場合に,降格の処分事由の規定がないとの一事をもって,そもそも降格処分をなしえないと解釈するのは,あまりにも社会常識に反した形式的な解釈であって,到底採用することができない。就業規則の規定の体裁から,常識的に,降格処分理由を容易に推認しうる場合には,降格要件についての明文がなくとも,被処分者にとっての(降格事由が不明であるとの)不利益はなく,降格処分をなしうるものと解すべきである。

加うるに,〈1〉就業規則83条(14)には,「その他前各号に準ずる行為のあった者」〈2〉就業規則84条(10)には,「前条に該当し,その再犯又はその責が重い者」〈3〉就業規則84条(12)には,「その他前各条に準ずる行為のあった者」と,それぞれ規定されているが,これは具体的事案の軽重に応じて適切な処分を行う趣旨である。本件において,原告に関しては,就業規則83条(3)(勤務を怠慢にして職務に対する誠意を認めえない者)(10)(故意又は重大な過失によって会社に損害を与えた者)(12)(不正または不当行為をなし会社の対面を汚した者)(13)(その他これらに準ずる行為)に該当するものであり,これらが反復され,又はその責が重い場合は,就業規則84条(10)により,懲戒解雇にもなりうるものであるが,諸般の事情を総合勘案して,減給又は譴責とするには軽すぎ,懲戒解雇とするには重すぎるものと判断して,中間処分である降格としたものである。

なお,原告は,「故意又は重大な過失により会社に損害を与えた者」でも減給または譴責しかできないのに,規定もないのにこれより重い降格ができるはずがないと主張しているが,前記のとおり,右事由が繰り返されたり,特に責任の重い場合は,懲戒解雇もありうるのであって,懲戒解雇まで至らない場合には降格となるものである。ちなみに,本件での原告については,前記のとおり複数の事由が重複存在し,降格はこれらの総合評価の結果である。

(2) 告知弁解防御の機会の付与

手続的には,被告会長が平成10年12月21日原告に対して,ヤマトの水問題に関する原告の責任を指摘したうえで,この責任についての原告の認識を問い質し,原告に対して弁明の機会を与えている。これに対して原告は,「責任を感じている。」と答えている。そして,原告は,同日付けの「ヤマトHP(株)清水2Lパウチ関係損失明細・責任(案)」と題する書面)を作成して,同月24日,C人事課長にこれを提出しており,弁明の機会は十分に与えられている。

(3) 以上の次第であり,本件は懲戒降格として有効になされたものであるが,仮に百歩譲って懲戒降格の要件規定不備を理由に懲戒降格不能との硬直した解釈を取ったとしても,そもそも企業は,人事権の裁量的行為として,その職に不適任な者を降格することか(ママ)できるものであり,企業における従業員の人事権を有する最高意思決定機関である取締役会の構成員全員が降格相当との判断をしたのであるから,人事権の行使としての降格として有効である。

(二) 懲戒理由

原告には,以下のとおりの降格処分をやむなしとする事由がある。

(1) 「ヤマトの水」問題

ア 被告は,平成8年7月ころ,ヤマトから,同社発売にかかる天然水(立山の天然水)「ヤマトの水」の容器(ソフトパウチ・カートリッジ)及び充填機(ヤマトの水を容器であるソフトパウチに充填する機械)の注文を受けた。被告は,グループ会社のフジアルファに,容器(ソフトパウチ・カートリッジ)及び充填機を製造させ,これを株式会社匠美を通じてヤマトに販売することとなった(なお,匠美の親会社がマルサンアイである。)。被告の営業担当者は,K営業部長(取締役),L課長,M(平成9年7月の充填機1号機納入まで),N(平成9年7月から平成10年7月まで),H(平成10年7月から12月まで)らであった。フジアルファの担当者は,B社長のほかは,ソフトパウチ部長である原告である。原告は,単にソフトパウチ・カートリッジの製造だけでなく,充填機の製造についても,実務担当者としての責任を負っていた。

このヤマトに対する包材(ソフトパウチ)及び充填機のセット販売は,被告の最優先事項であり,最も重要視していた取引事案であったが,担当者である原告らの重大な落ち度(原告の問題発言等については後述のとおり)により失敗に終わった。これにより,被告は経済的に多大な損失を被ったものである(充填機販売代金の値引きとして約4000万円の損失,異物混入に関連する補償金の支払,即ち浮遊物の入った商品を選別するためにヤマトが人員を商品保管現場に派遣しているので,その人件費相当額等として514万円の支払,金型代金の未回収分,即ち金型代金は一括受領するのではなく,包材の販売に際し,その代金の一部として受領する形をとっていたため,その後包材の販売中止となったことにより金型代金が未回収となっている,納入機械のメンテナンスを将来しないことに対する補償として補修費200万円の支払等)。そして右単なる経済的損失にとどまらず,企業として最も重要な対外的信用を失墜し,今後の事業展開に重大な支障を来たすに至ったものであり,その無形の損失も計り知れない。この結果,本事業の共同推進者である取締役K(被告取締役,営業部長)は,本件の責任を問われ,平成10年6月の株主総会において,取締役に重任されず,かつ執行役員にも選任されなかった。また,被告の常務取締役Oは,平成10年10月1日引責辞任している。さらに,B社長は,平成11年2月1日付をもって,降格処分(代表取締役から常務取締役へ降格)を受けている。

イ カートリッジの欠陥

フジアルファが製作したカートリッジは,強度が弱く,手に持つと簡単に壊れてしまう欠点があった。また,カートリッジの各所に小さな突起(とんがり)があり,手触りが悪かった。これらの欠陥を,ヤマトのG社長から指摘された。なお,カートリッジ及びその金型は,フジアルファが有限会社アイピー技研(P社長)に発注し,同社に作らせたものである。このカートリッジの欠陥につき,責任問題となった時,原告は「図面を承認したあなたが悪い。」と発言し,ヤマトの責任であって,フジアルファやアイピー技研に責任がない旨の主張をし,責任逃れをしようとした。ヤマトは天然水の販売業者であり,カートリッジの強度計算等ができるはずもなく,またカートリッジの突起の発生についても,ヤマトが図面を見て予測できるはずもない。これらは,すべて製造業者としてフジアルファ及びアイピー技研が責任を負うべきは当然のことである。しかるに,原告は,前記のごとき非常識な責任回避的発言を行い,これにより,ヤマトを憤激させ,被告の信用を損なう結果をもたらした。

ウ 金型

フジアルファはアイピー技研に発注して,カートリッジ製作のために金型を作った,金型は,通常,一個型金型サンプル(ひとつの金型で1個のカートリッジが製作できる金型)を作って,完成度を確認してから四個型金型(ひとつの金型で4個のカートリッジが同時に製造できるように4個入りの金型)を作るべきが常識であるのに,原告は,最初からアイピー技研に四個型の金型の製作を注文してしまった。金型製作には高額の費用がかかり,原告の上記注文により,後日の金型の修正が困難となった。さらに原告は,金型の修正は,ヤマトの責任であり,フジアルファ及びアイピー技研は被害者であるかのように社内説得を行った。

エ カートリッジの見積価格の訂正

原告も同席した,被告営業担当者,アイピー技研P社長と,ヤマトとの打ち合わせの中で,カートリッジの年間発注量20万個と取り決め,単価も決めていた。そして,ヤマトから初回の発注として,2万個の発注があった。年間発注は20万個であるので,何回かに分けて発注するものであり,初回発注は20万個の一部の発注であり,この発注自体,なんの問題もない。しかるに,原告は,「1回の発注量が20万個として単価設定をしていたので,1回の発注量が2万個なら,単価を増額改定せよ。」と被告営業担当者に強く迫り,応じないならカートリッジの製造はできないと被告営業担当者を脅した。被告営業担当者がやむなくヤマトに価格増額を求めたが,当然のことながら拒絶され,ヤマトの不信を買うだけの結果となった。原告自らが同席して取り決めた約束ごとを後日平気に踏みにじったものであり,被告営業担当のL課長,課員Mらは,原告のこの態度に激怒した。

オ 充填機の納期遅れ

ヤマトの社内手続の関係で発注書の授受が遅れたが,ヤマト,被告,フジアルファの合意のもとに,充填機の設計は先行するという約束で,設計を先行させていた。ところが,原告は,平成8年12月ころ,ヤマトや被告になんの連絡もないまま,関東機構に対し,設計打切りの指示を出した。このことが,機械完成遅延の大きな原因となった。設計中止の指示は,状況からみて,当然,ヤマトや被告と相談のうえで行うべきことであった。

カ 充填機の納期管理の不存在

フジアルファには,注文を受けた機械(充填機)を遅滞なく完成させて納品する責任がある。原告は,その責任者である。しかるに,原告は,機械メーカーの言い分のみを理解し,納期管理者不在の状態で機械製作を進行させた結果,納期遅延となってしまった。

キ 充填機(1号機)の能力の瑕疵

充填機(マルサンアイの子会社である株式会社匠美へ納入した1号機)には,1分間に最低50個のソフトパウチを充填する能力が求められていたが,現実には30個程度しか充填できず,機械代金の値引きを余儀なくされ,被告は大きな損失を被った。これは,機械の設計に際して,単位時間当たりの充填能力が全く考慮されていなかったことによるものであり,原告は,担当者としてその責任を負うべきである。しかるに,原告は,「関東機構がやったことだから仕方ない。」と述べて,自己の責任を自覚していない。

ク ソフトパウチへの異物(浮遊物)混入

平成10年8月及び同年10月の2回にわたり,ヤマトより,包材であるソフトパウチを使用したヤマトの水の中に,浮遊物が存在する旨のクレームがあった。ヤマト及び被告の双方から人員が現地派遣され,浮遊物の入った不良品の選別除去のための検品作業が行われた。また市場回収も検討された。浮遊物混入の原因の究明が行われたが,三菱樹脂株式会社供給にかかる素材(ソフトパウチの素材)に原因があるものと思われ,被告営業担当者は,原告に対してその旨指摘し,三菱樹脂からの仕入れを他社からの仕入れに変更することを求めた。このような場合,原告としては,外部の専門検査機関に検査を委託するなどして,原因を究明して適切な対策を立てるべきであるのに,これをせず,根拠もないのに三菱樹脂の素材に問題はないと言い張り,三菱樹脂からの素材仕入れを継続し,態度を改めなかった。これに対し,顧客であるヤマトが専門検査機関(食品衛生センター)に委託して検査し,浮遊物がボリエチレンの一種であり,包材の素材に原因があることを突き止めた。原告のかたくなな態度により,対応が遅れ,ヤマトに対する信用は根底から失墜した。

ケ 社内における原告に対する激怒

以上みられるように,他部門との協調性がなく,また自己の責任を回避してばかりいる原告に対して,被告の社員は,いずれも激怒しており「もう二度と原告と一緒に仕事をしたくない。」と強く感じている。被告の営業担当者らは,ヤマトの仕事をライフワークと考えて,必死の覚悟で仕事に立ち向かっていたのに(ある者は辞表を胸ポケットに携帯しながらヤマトとの交渉に全力をかけていた),原告は,「君達には将来がある。私に残されたのは後数年です。私は,後数年を平穏無事に過ごしてフジシールを定年退職したいんです。」等と述べ,自ら仕事に責任を負い,立ち向かっていくという姿勢がなく,すべて責任回避・自己保身に終始したものであり,このような原告の態度を他の社員は痛烈に感じ取り,このような原告とは,二度と一緒に仕事ができないと感じている。

3(ママ) 損害

原告主張の損害については争う。本件配転命令及び降格処分は正当な理由に基づき行われたものである。給与減少については,認めるが,本件配転命令1により部長職を解かれたのであるから役職手当が支給されないのは当然である。住宅手当の変動についても勤務地が変更すれば変動するのは当然である。

五  争点

1  本件配転命令1の有効性

2  本件配転命令2の有効性

3  本件降格処分の有効性

4  原告の主張する各損害の有無

第三当裁判所の判断

1  争点1について

(一)  被告の就業規則上,業務上必要があるときは異動を命じ得る旨の定めがあり(〈証拠略〉),また,雇用契約上,原告の職種に限定はなく,更に原告は勤務地の限定のない全国社員を選択していた者である(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨)ところ,これらに照らせば,被告には,原告の個別的同意がなくとも,配転を命じる権限がある。しかしながら,当該配転について,業務上の必要性が存しない場合や,業務上の必要性が存したとしても他の不当な動機・目的をもってなされたものである等の特段の事情が存する場合には,当該配転命令は権利の濫用として無効となるとするのが相当である。

(二)  本件配転命令1については,前提事実,証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

原告は,被告入社以来主に開発業務に従事していたが,平成9年4月,被告より,フジアルファに出向し,同社のソフトパウチ部の部長としてソフトパウチの技術開発に従事していたが,平成10年12月14日,フジアルファのB社長から退職勧奨を受けた。原告がこれを拒否すると,得意先への訪問を禁止され,同月21日,A会長から「管理職としての業績不振の責任をとってもらう。」といわれて配置転換先が決まるまで自宅待機をするように命ぜられ,同月24日,筑波工場への本件配転命令1を告げられた。

本件配転命令1は,原告を「印刷センター」の「筑波駐在インキ担当」とするものであったが,これは本件配転命令1により初めて作られたポストであった。印刷センターの業務は印刷を行うにあたっての技術的な支援を行う部署であり,外注先との折衝やインキの改良等の業務を担当する部署であるが,原告が筑波で現実に担当した業務は,15,6キロもあるインクの缶を倉庫の棚から下ろし,台車で印刷作業所まで運び,同作業所において運んできたインクを配合表に従って重量を量り,混ぜ合わせ,竹の棒でこね回し,有機溶剤を加えて一定の粘度にし,印刷機のところまで運ぶという肉体労働であった。当時原告は54歳であったが,同僚は20歳から40歳前後であった。このインキ担当業務は,ことさらに経験を必要とするものではなく,筑波工場において経験の浅い原告でも,20数年以上というベテランとその実績においてさほど差がないといった単純作業であった。また筑波工場で原告と同じ仕事に従事している他の者は筑波工場の「印刷グループ」に所属しているが,原告は印刷センターの所属のため,「印刷グループ」の職場会議にも参加していない。さらに原告には,インキ担当としての経験はなく,かつて製造本部に在籍し品質管理部門を兼務していたときに,名張工場で,常時顧客から持ち込まれるクレームの分析・研究及びそのための資料整理,その検討のための工場長主催の諸会議への出席というスタッフ(技術)職の経験があるのみである。

そして,本件配転命令1の後,平成11年1月29日,原告に対し,懲戒処分として本件降格処分がなされた。

さらに本件仮処分決定後,原告が筑波を離れて以後,同じポストには誰もついていない。

(三)  以上を総合考慮するならば,証拠上筑波工場の生産量の増大,これに伴う設備投資の増加は認められるものの(〈証拠・人証略〉),当時筑波工場でのインク担当業務に原告を従事させなければならない業務上の必要性があったものとはいえず,退職勧奨を拒否した直後に従前の開発業務とは全く異なった業務に従事させていること,原告が担当した業務がその経験や経歴とは関連のない単純労働であったこと等に照らせば,本件配転命令1は,退職勧奨拒否に対する嫌がらせとして発令されたものというべきで権利の濫用として無効であるといわざるをえない。

2  争点2について

被告は,本件配転命令2は,本件仮処分により,本件配転命令1の効力が否定されたことに伴い,暫定的な措置としておこなったものであると主張し,業務上の必要性もあると主張する。しかしながら,そもそも,先の本件配転命令1の効力が訴訟で争われており,その有効・無効が確定しない間に,「暫定的」な配置をすることは,労働者の労働条件を著しく不安定にするものであるうえ,原告が奈良工場で従事している業務は,工場の製造ラインから排出されるゴミ(梱包材料のゴミ,不良品,製品をとった残りかす)をゴミ置き場から回収し,手押し台車に入れ,工場全(ママ)の屋外に設置されているゴミ回収車の荷台に入れる作業等であって,従前嘱託社員が行っていたものであり(〈証拠・人証略〉),原告をかかる職場に配置する業務上の必要性はないものといわざるをえない。

従って,本件配転命令2も権利の濫用として無効である。

3  なお,原告は,本件配転命令1の以前に,原告は自宅待機を命ぜられているのであるが(当事者間に争いのない事実),右自宅待機命令は,配転を前提とするもので,右自宅待機命令の3日後には,本件配転命令1が発令されていることからすれば,右自宅待機命令も本件配転命令と一体の処分というべく,これも不当な動機・目的を有する無効なものといわなければならない。ところで,被告は,原告が本件各配転命令前に所属していたソフトパウチ部が,組織改変によって存在しないと主張するが,同部は,組織上部としては存在しており,その業務内容が変更,縮小されたというにすぎず(〈証拠略〉),同部から他へ配転する旨の配転命令が無効である以上,従前の部に所属するものと言わざるを得ない。従って,原告のソフトパウチ部に勤務する雇用契約上の地位にあることの確認を求める部分は理由がある。

4  争点3について

(一)  本件降格処分は,懲戒処分として行なわれたものである。そして,被告の就業規則上,「降格」処分については,懲戒の種類としての記載があることは認められるものの,いかなる場合に降格処分となるかという要件が定められていない。懲戒処分は,会社の秩序維持のため,使用者が,労働者に対し,配置転換や昇級・昇格の低査定などとは別個に科す特別の不利益である以上,懲戒の事由が予め就業規則等で明記され労働契約の内容となっていることが必要であると解すべきである。したがって,本件降格処分は規定に基づかないものであるから無効である。

被告は,降格処分は,減給・譴責より重く,懲戒解雇より軽い処分であり,右双方ともに就業規則上その要件が定められていることから,規定がなくとも,その中間的な場合を容易に想定しうるから降格処分をなしうると主張するが,そもそも,中間的なものということだけでは,要件が明確であるとはいえず,かかる解釈は労働者に予期し得ない不利益を課すおそれがあり,労働者の立場を著しく不安定にするものであって採用しえない。

(二)  また,被告は,人事権行使の裁量の範囲内として本件降格処分を行いうると主張する。しかし被告の就業規則上,副参与職は,「職能」資格であり(〈証拠略〉),これは,労働者が,一定期間勤続し,経験,技能を積み重ねたことにより得たものであり,本来引下げられることが予定されたものでなく,これを引下げるには,就業規則等にその変更の要件が定められていることが必要である。被告では,職能資格の変更についても就業規則上規定があるが,本件降格処分では,右定められた要件,手続が遵守されておらず,右被告の主張は採用しえない。

5  争点4について

(一)  以上より,本件配転命令1及び本件降格処分が無効であることから,これに伴う給与の減額については許されず,雇用契約上,原告は被告に右減額分の支払いを求めることができる。ただし,本件配転命令1により,原告は部長職を解かれているが,これは職位に関するものであり,被告の人事権の裁量に委ねられるのが相当である。そして,原告については,「ヤマトの水」の開発に関し,取引先であるヤマトと問題を生じさせ,また被告社内での原告の対応に対する批判があった(〈証拠・人証略〉)ことに照らせば,原告を部長職にとどめておけないという被告の判断を人事権の濫用とまではいえない。

従って,給与の減額分については,部長職に支給される役職手当の差額を求める部分については理由がなく,平成11年1月から平成12年4月までの差額は197万1000円となる。

また賞与については,本人給,職能給,職能資格給,役職手当からなる算出基礎額に査定により決定される月数が乗じて決定される。原告については,平成11年度の夏の査定月数は2.00であり,冬は2.35であったから(査定による最低月数は0.9,〈人証略〉),少なくとも役職手当を除いた算出基礎額49万0100円に,夏,冬の各査定月数を乗じた額,すなわち平成11年の夏は,98万0200円,冬は,115万1735円が支給されるべきであった。従って55万4935円が差額となる。

(二)  慰謝料の請求については,本件配転命令1,2,及び本件降格処分による精神的損害については,これを無効とすることで足り,これを超える損害は認められない。

(三)  弁護士費用については,前記のとおり,認められるものが雇用契約上の責任のみであることを考慮すれば,損害と因果関係があるものとは認められない。

6  よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 西森みゆき)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例